BSデジタル放送における
データ放送インターフェースの特徴と問題点

安藤 昌也(アライド・ブレインズ)

1. はじめに

世界各国で放送のデジタル化が進められる中、日本でも2000年12月1日からBS用語集へデジタル放送が開始される。すでに、BSデジタル放送を受信するためのチューナーや受像機が発売されており、21世紀の新しいメディアとして、各方面から高い期待が寄せられている。

BSデジタル放送が期待される理由の一つには、多くの放送局がデータ放送を行うことにある。データ放送は、通信回線を利用することにより、テレビ画面を使った「双方向サービス」を行うことが可能となる。特に、テレビ番組と連動したショッピングなどへの期待は大きい。インターネットの"E-Commerce"では、パソコンを操作するスキルが必要となるが、テレビを使った"T-Commerce"は操作が簡単で、パソコンが使えなかった層の取り込みが期待できる、というのが関係者の主張である。

このような期待に応えるためには、データ放送がユーザ(視聴者)にとってわかりやすいインターフェースを備えることが必須条件であろう。しかし、実際のBSデータ放送は、ユーザビリティの観点から、やや問題の多いシステムと言わざるを得ない状況にある。

筆者は業務の一環として、ある放送局におけるBSデータ放送のユーザビリティテストを受託し、BSデータ放送のインターフェースに関する問題点について考察する機会を得た。本稿は、BSデータ放送におけるユーザインターフェースの特徴と問題点を分析するとともに、今後放送と通信の融合分野で企画されている、新しいメディアの立ち上げにおいて、ユーザビリティの視点の必要性についても言及する。

2. BSデジタル放送の概要

2.1 BSデジタル放送事業者

BSデジタル放送を行う委託放送事業者は、NHK、WOWOWのほか、地上波キー局系の民放各社を含め8社がテレビ放送を行う。音声放送では3社が参入する。また、データ放送のみを提供する独立データ放送事業者は、8社が参入することになっている。

また、BSデジタル放送のEPG用語集へ(電子番組表)サービスは、全局共通として受託放送事業者(アップリンク事業者)が提供する。

2.2 技術標準に関する調整機関

BSデジタル放送に関する技術標準等に関する議論は、社団法人電波産業会(ARIB=Association of Radio Industries and Businesses)において進められた。

表1 BSデジタル放送事業者
メディア 放送局
テレビ NHK
BS日本(日本テレビ系)
BS朝日(テレビ朝日系)
BS-i(TBS系)
BSジャパン(テレビ東京系)
BSフジ(フジテレビ系)
WOWOW
スターチャンネル
ラジオ※ ビー・エス・ジェイ・ラジオ(ラジオ短波系)
ジェイエフエヌ衛星放送
ミュージックバード
独立データ放送 メディアサーブ
メガポート放送
デジタル・キャスト・インターナショナル
日本データ放送
日本メディアーク
日本ビーエス放送企画
ウェザーニュース
ハイビジョン推進協会

※音声放送は、民法キー局系のBS放送会社5社とWOWOWも放送を行うことになっている。

3. BSデータ放送インターフェースの特徴

3.1 技術的な背景

BSデータ放送は計画当初、インターネットとの融合を念頭において議論が進められていた。そのため、データ放送の記述言語は、XML用語集へをベースにリモコンによる操作などの機能を拡張したBML(Broadcast Markup Language)を開発し、標準規格とした。なお、XMLをベースとしたため、データ放送とインターネットの直接の融合は難しく、BMLを表示するデータ放送のブラウザでは、HTML用語集へは表示できない。また、画面のスクロール表示や画面切り換え時のアニメーション指定等はできない。

伝送方式は、一定周期で同一内容を送りつづける「データカルーセル伝送方式」としている。

伝送容量については、独立データ放送事業者は1.5スロットとしている。テレビ放送と多重して放送する場合は、容量の割り当ての調整が可能であるが、概ね2スロット程度で制作が行われている。

3.2 データ放送インターフェースの構成要素関

データ放送のユーザインターフェースを構成する要素は、リモコンとデータ放送画面の2つに単純化できる。

データ放送で使用するボタンとその機能についてはARIBにおいて規定されているが、基本的にはメーカーの守備範囲である。

一方データ放送画面は、各放送局がARIBの規定したBMLおよびデータ放送運用規定に基づき作成する。しかし、画面デザインや画面遷移等の設計は、各放送局に委ねられた範囲である。

図1 データ放送インターフェースの構成要素

3.3 ユーザインターフェースに関するARIBの規定

データ放送のユーザインターフェースに関するARIBの規定は、あまり明確ではない。技術資料(ARIB Technical Report)[1] には、BSデジタル受信機が備えるべきリモコンのユーザインターフェースについての規定はあるが、各放送局が制作するデータ放送の画面デザインのユーザインターフェースについては、ほとんど記述がない。

表2は、ARIBの技術資料で示されているデータ放送で用いるリモコンキーとコンテンツ制作時のガイドラインである。このガイドラインではコンテンツ制作の注意事項として、「ユーザの混乱を避けるため、一つのボタンに多くの意味をもたせないこと。複数の意味付けを行う場合は、操作内容をコンテンツ内でユーザへ明示することが望ましい」との記述がある程度で、データ放送画面側のユーザインターフェースに関する規定はない。

表2 ARIBで規定されたデータ放送で用いるリモコンキー
キー種 ガイドライン
↑、↓、←、→
(上下左右キー)
上下左右への移動。
0〜9
(数字キー)
数字の入力。
決定 操作の区切り。(決定)
戻る 操作の取り消し。
ユーザ入力文字のバックスペース。(または一括消去)
双方向の発呼中断。
BML文書を戻る用途に用いて良い。但し、戻り先の有無について考慮すること。
データ マルチメディアデータ放送の表示/非表示の切り替え。
青、赤、緑、黄
(色キー)
リモコン上でのボタン配置は、左から青、赤、緑、黄の順にすることが望ましい。

リモコンボタンの規定で注目すべき点は、任意に機能を割り当てられる4色のファンクションボタンが用意されていることである。この4色キーを用いた方式は、英国BIB社が提供している双方向テレビサービスでも採用されている。使用例としては、クイズ番組と連動したデータ放送で四択を行わせることなどが考えられる。

図2 ARIBの推奨するリモコンの例

4. BSデータ放送インターフェースの問題点

現在各放送局では、2000年12月の本放送に向けて、最終的なデータ放送画面の制作を行っているものと考えられる。しかし、現在の取り組み状況から判断すると、多くのユーザがデータ放送の操作に混乱してしまう懸念がある。その主な理由は、BSデータ放送全体としてのユーザインターフェースの一貫性がないためである。

データ放送のユーザビリティは、放送局がインターフェースデザインをよく考慮して制作することにより向上する。しかし、各放送局がそのような努力を行ったとしても、現在のBSデータ放送の枠組みでは、以下のような問題が生じる。

  1. 各放送局で基本操作体系が異なり、データ放送全体として操作に一貫性がない。ユーザはチャンネルを切り換えるごとに操作を考えなくてはならない
  2. 4色キーを使用する場面のガイドラインがなく、通常の画面配色との間でスリップがおこりやすい
  3. データ放送の入り口となるリモコンボタン「データ」ボタンのデザインや表記が統一しておらず、わかりにくい

いずれの問題も、ユーザの使用を考慮に入れた関係者間の議論や調整が十分でないことが背景にあるものと考えられる。

4.1 データ放送全体として操作に一貫性がない

先にも述べた通り、ARIBでは放送局が制作するデータ放送画面のインターフェースに関して、特にガイドラインは示していない。そのため、各放送局が表2で示した範囲内で個別に操作体系を設計している。

現在までに各放送局が公開したデモ画面を比較しても、基本操作体系にばらつきがあることがわかる。特に「戻る」ボタンの設計には大きな差がみられる。このように、各放送局の操作体系が異なると、操作の習熟効果が活かされず、ユーザに多くの負担をかけることになる。

図3 各放送局が公開したデータ放送の画面イメージの例

4.2 4色キーを使用する場面のガイドラインがなく混乱がおこりやすい

図3の例を見てもわかるように、4色キーを画面遷移に利用したり、「戻る」キーに使用したりしており、ユーザはどんなときに4色キーを利用するかわからなくなる可能性がある。

ユーザビリティテストで見られた混乱の例として、4色キーを一切使用しない場面なのに、画面上の配色と合う色ボタンを押してしまうなど、画面の配色とのスリップが起こりやすい。

またARIBでは、データ放送に使用するボタンとして4色キーを規定しているが、現在市販されている多くのチューナーでは、EPGの操作にも4色キーを使用しており、4色キーの使用方法をわかりにくくしてしまう可能性がある。

4.3 データ放送の入り口となる「データ」ボタンのデザインや表記が統一していない

データ放送の入り口となるボタンは、「データ」ボタンとARIBで規定されている。しかし、リモコン上の表記についてはガイドラインが示されていないため、各社ばらばらなロゴデザインや表記をしている。

ユーザは最初に覚えてしまえば問題はないかもしれない。しかし、放送局にとっては番組中にデータ放送があることを示したい時に、ロゴやリモコン上の表記がまちまちでは、適切にユーザに指示することができない。

4.4 その他に考えられる問題点

ARIBの技術資料によると、データ放送を呼び出す「データ」ボタンは、ユーザが主体的に押下した場合にデータ放送画面を表示する以外にも、放送局の意図で自動的にデータ放送画面を表示することができることになっている。使用例として、CM放送中に一方的にデータ放送画面を表示させることが検討されている。

データ放送をこのように使用した場合、ユーザのデータ放送に対するシステムイメージが変容するなど、インターフェース上の問題となる可能性も否定できない。

5. まとめ

5.1 問題意識の共有化と早急な改善策の必要性

データ放送サービスはこれまでも地上波やCS用語集へ放送でも行われていた。しかしほとんどの場合、特定の放送局が独自規格で、クローズドなサービスを実施していたため、ユーザインターフェースの一貫性は保つことができていた。

CSデジタル放送で「インタラクTV」というデータ放送サービスを提供していた、元ディレクTVの北虎裕人氏は、インタラクTVを立ち上げる際に最も重視した点の一つに、ユーザインターフェースの統一を挙げている。各チャンネル間でユーザインターフェースを統一しておくことが双方向サービス全体の浸透のためには最も重要で、調整に多くの時間をかけたと述べている[2]。さらに北虎はBSデータ放送について、ディレクTVのようなコーディネーター役が存在しないことが大きな問題であると指摘している。

展開する場合、各社の調整には多くのエネルギーが必要だと思われる。特に、ユーザインターフェースは、サービス内容とも密接に関連しており、利害が対立することも考えられる。しかし、ユーザが操作に混乱し、結局使ってもらえないのであれば、社会的な損失は大きい。

BSデータ放送では、ユーザビリティに関する各放送局の問題意識はまだ低い。放送局間のユーザインターフェースを統一する動きはなく、逆に開発で先行している放送局ほど自社のノウハウの流出を懸念するような現状であるという。

BSデジタル放送の普及のためにも、本稿で指摘したようなユーザビリティに関する問題意識を業界関係者が共有し、受信機が本格的に普及する前に早急に改善策をとるべきであろう。

5.2 不可欠なユニバーサルデザインの視点

BSデータ放送が採用している4色キーは、色の情報に頼ったシステムであり、色覚障害者に対する配慮がまったくない。赤緑色盲者は珍しくなく、バリアフリーやユニバーサルデザインの観点から見ると、非常にナンセンスなシステムであると言わざるを得ない。

昨今、放送のバリアフリーが話題となっており、BSデジタル放送には、クローズドキャプションや話速変換機能等への期待が寄せられている。4色キーは、形状や名称、符号など色以外の代替情報を付加することが必要である。

5.3 今後への期待

日本では、BSデジタル放送に続き、東経110度CS放送や地上波のデジタル化など、今後3年以内にデータ放送の規格を巡る議論が活発化するものと思われる。しかし、今のところこれらの議論にユーザビリティの専門家が含まれている様子はない。放送は非常に社会性の高いメディアであり、技術標準を決定するステップには、ユーザビリティやユーザ工学の知見が不可欠である。今後の関係者の努力に期待したい。

・参考文献

[1] (社)電波産業会: BSデジタル放送運用規定 技術資料 ARIB TR-B15 1.1版,(2000.3).
[2] 北虎: ディジタル放送ガイドブック2000 (p.66-78), 日経BP社,(1999).
[3] 郵政省編:平成12年度版 通信白書,ぎょうせい,(2000)

出典:「ヒューマンインターフェース学会研究会報告集 Vol.2 No.4 pp.17」